昭和32年3月21日、結成5周年記念大会を浦和市も埼玉会館で開催。この年の10月の役員会で初めて新時代に対応するため組織の法人化(財団)と身障者授産施設(共同作業所)の設置について審議決定した。
昭和35年7月13日、役員会を開催。「身体障害者収容共同作業所」の建設計画について塚本晴邦事務局長から、33年7月から35年3月までの準備経過について報告がありこれを承認した。
法人の設立許可申請は、「設立代表者・磯田正則」名で、昭和35年8月29日提出。同9月10日「35指令福収第2007号」により正式許可された。その時提出した「設立趣意書(全文)は以下の通りだが、文章には設立に向けての気迫が伝わって来る。
身体障害者福祉法が昭和25年4月施行され、法による援護の途も開かれ、身体障害者の自立更生に明るい希望が得られました。
国の施策に順応し、昭和27年12月、障害の程度、原因を問わず有志相はかり、埼玉県身体障害者福祉会連合会を結成し、又各郡市町村に福祉会を設立いたしました。
爾来、県下3万余の会員をもって、自立更生とこれが福祉を図ることを目途として、ここ7ヶ年の星霜を経て本会は整備進展されつつありますが、私共は一層身体障害者福祉向上の責務と、使命の重大なることを痛感いたし、今後更に残された諸問題の解決に進むとともに、真に有効且つ恒久的な事業を推進して、常に深い理解と協力を賜わっている各位の期待にこたえんと、ここにその組織を強化することを定め従来の「埼玉県身体障害者福祉会連合会」を母体として、「財団法人埼玉県身体障害者連合会」を設立せんとするものであります。
こうして埼身連は名称を「埼玉県身体障害者連合会」と改め財団法人の認可を得る。
昭和39年7月24日 | 建設を進めていた「共同作業所」が浦和市鹿手袋に完成。 |
昭和40年1月 8日 | 埼身連は「厚生省社第12号」をもって社会福祉法人の許可を得、会の名称も「埼玉県身体障害者福祉協会」と改めた。 |
昭和40年2月10日 | 授産施設埼玉県身体障害者共同作業所を設立。 経営主体は「埼玉県身体障害者福祉協会」埼身協が行う。 |
昭和40年7月24日 | 共同作業所開所式を同所にて開催(80余名参加) 県下民間身障者施設では初めての、身障者クリーニング共同作業所として稼働。 |
昭和45年 | 工場南面に下屋(庇)を作り工場を拡充しアイロン台を増設。 |
昭和54年4月 1日 | 共同作業所改築記念第11回埼玉県身体障害者福祉大会開催(上尾市福祉会館大ホール 1200名参加) |
昭和60年12月9日 | 共同作業所開設20周年記念 第13回埼玉県身体障害者福祉大会開催 (羽生市産業文化ホール 1346名参加) |
昭和61年12月 | 県共同募金会の補助金を得て「赤い羽根地域交流ホーム」完成 |
平成 元年 7月 | 埼身協理事会において、「作業所整備計画案」承認 |
平成 2年 | 大宮ソニックシティにて「竜鉄也ショー」を開催 同広場でバザーを開催し資金確保に動く |
平成 3年 7月 | 理事会において建設整備委員6名を任命 |
平成 3年 9月 | 第1回建設整備委員会を開催 作業所整備計画基本構想を策定 |
平成 5年 1月 | 第4回建設整備委員会にて検討事項を集約 |
平成 5年 6月 | 理事会において新たに建設整備委員3名を任命 |
平成 5年 7月 | 改組第1回委員会開催 平面図を改訂 (相談室・静養室(保健室・作業室・調理員や職員の更衣室・ト イレ・通所者の授産施設の併設)を盛り込む |
平成 5年 8月 | 第2回委員会開催 設計書作成を委託 |
平成 5年 9月 | 第3回委員会開催 平成7年度に着工・完成を目指す |
平成 6年 8月 | 施設整備協議書を県に提出 |
平成 6年〜8年 | 県内各地でチャリティーショーを開催、また寄付を募る |
平成 7年10月 | 県副知事作業所を視察、施設整備について指導 |
平成 7年12月 | 理事会で老人デイサービスセンターの併設について承認を得る |
平成 9年12月 | 工事が完了 |
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南区鹿手袋4−27−1
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